« スーダン・ダルフール危機 - チードルとルセサバギナからのメッセージ | トップページ | 児童施設サポート|日本救援活動 »

ごみブログよ さようなら

ブログを日記と思っている人が多いようです。特段に有名でもない人が、何を食べたとか、どこに行ったとか、誰が、興味を長く持ち続けるというのでしょう。 NOです。NOです。勘違いです。

脳みそを鍛え、鍛えられる場なのです。

ブログは、真剣に学べる、教えられる、そして、教える場だと思います。世のなかには、いろいろ達人がいて、学ぼうとする視点からは、ブログの世界はとても役にたつのです。

本音で意見を発表する、判断するための情報をながす、世界を、地球を共有する。このための真摯な手段だと思うのです。報道より、より正確な本当のことを、教えあう場だと思います。

参考 「報道とは、戦争や飢餓で苦しむ人々のことに関心を向けさせないためのものだ」と。
まさに、その通りだと思います。

メディアは、戦争や飢餓について報道はしますが、その報道が、いまひとつ現実の出来事と感じないのは、ニュースを見る側に問題あるのではなく、報じる側に問題があるからです。

ニュースは必要に応じて、「加工」されています。
スーパーの不当表示みたいなものです。
「和牛」と「国産牛肉」はどう違う?
ニュースも同じなんです。
消費者が賢くならなければ、必ず損をします。

意見のないブログは、ほぼ価値がない。きょう食べた物しか発表できないのは、意見のないひとの常套手段です。これでは、書く人も、読む人もエネルギーの無駄使いです。その人は、わたしのように、すてきなブログを、紹介するブログを作って、その中で意見を形成していけばよいのではないでしょうか。

http://blog.goo.ne.jp/leonlobo/e/
ace2d614e17cce48f25a2f9d92be4a8b

|

« スーダン・ダルフール危機 - チードルとルセサバギナからのメッセージ | トップページ | 児童施設サポート|日本救援活動 »

伝えたいこと 次の世代へ」カテゴリの記事

コメント

ごみブログもさることながら、ごみ学生もさようならだよなぁと思いながらこの記事を拝見しました。「可愛い」と「すごい」が発音出来れば会話が続いてしまう女子学生に脅威を覚えます。

自分の周りを見渡すと、意見を持つことにさえ興味を持たない人がはびこっている印象を受けます。そういう人たちは、賢くなるための情報が目の前にあってたとしても受け皿がないと思うんです。難しい話じゃなくても、毎日の出来事の中でそれなりに嬉しいことや腹が立つこともあるだろうに、別に嬉しくも腹ただしくもなさそうに淡々としています。なのに言葉だけは「受けるー」とか「マジでー」とか。何がどう受けて何がどうマジなのか・・理解に苦しみます。

そんな宇宙人との会話に参加するくらいなら
素敵なブログをたくさん読みあさる方がよっぽど良いと思います。

投稿: な | 2010年5月14日 (金) 18時43分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/137716/9172177

この記事へのトラックバック一覧です: ごみブログよ さようなら:

« スーダン・ダルフール危機 - チードルとルセサバギナからのメッセージ | トップページ | 児童施設サポート|日本救援活動 »