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三波春夫

NHK FMで三波春夫さんのむすめさん(八島美夕紀)が、はかま満緒さんの日曜喫茶室(12:15-14:00)の中で、こう話されていました。「お客様は神様です。」と言っていた三波さんが、よく舞台で「自分が、シベリヤで3年間も抑留されていた」 その苦労話をされていたそうです。するとある時、神様の一人から、「そんな話を聞きに来たのではない。もっと歌を歌ってくれと。」そこで、彼は、落ち込んで、一切、戦争の話をしなくなったそうです。

ところが、後年、永六輔さんが、その話を聞きつけ、なぜ戦争の話を伝えないのかと。「三波さん、今は、そんな悠長なことを言っている状況ではないのですよ。」と元気づけられたそうです。それからの三波さんは、また舞台でしゃべるし、書くし、すごかったそうです。

ちなみに、晩年の司馬遼太郎さんは、ともかく今の日本は、おかしい。今の若者は、どうしようもなくだめだ、と。そのことばかり、書かれています。 一度訪ねて下さい。司馬さんの脳の中が見えるようになっています。司馬遼太郎記念館 http://www.shibazaidan.or.jp/

世間では、よく、そんな人ばかりじゃない。いい人もいるよ、と。でもなぜか、そのような人は、うちをさけているみたいです。まず、お目にかかれません。もしくは、変な人がめだつのでしょうか?はい、本当なら、いい人が多くて、変な人こそめだつはずです。でも、現実は、反対です。いい人が少なくてめだちます。わたしがあぶない人だから、そんな人が集まって来るのかなあ。それとも、わたしも晩年だから、そう感じるのでしょうか?

もうひとつ。三波さんが、亡くなってから、永六輔さんがむすめさんに聞かれたそうです。三波さんが亡くなったとき、なにをされていましたか?と。すると、むすめさんは、母がつきそっていたので、じゃまにならないように、自分は、この二人の生き様を本にできるように書いていました、と。

「そうですか、ぼくは、走っていました。」と、

これも、番組の中でむすめさんが、しゃべっていたことなのです。あれっ、と思ったのでしょう。はかまさんが、「永さんは、走っていたのですね。」と、念を押されていました。でも、むすめさんには、通じなかったようでした。

きのうとおとつい 2日間 私にも、またこんなことがありました。ひとりは、30くらいの歳の人でした。病院の仕事をされているそうです。でも、地震の話をすると、「わたしは、自分のことしか考えられないので、ごちゃごちゃ言わないでください。ぷんプンぷんプン!!!」 「それって、自慢できることじゃないと思うけどなあ」 もうひと組は、30前ぐらいの女性のペアです。広島からのお客さんです。広島では、小さいころから、学校で戦争のことを学ぶそうです。とてもいいことですねえ。と、反応し、そして神戸もねえ、地震で大変だったのですよ。一瞬にして5500名もの人が亡くなり、その後1000人も死んでしまった。そして、この北野界隈にも。22人も、学生さんを中心に死んでしまった、そういう場所があるんですよ。

この後が、たいへん。

私たち、疲れているんです。きのうも、夜遅かったし、だいち本に載っているようなすてきなカフェに行きたいのに・・・ぷんプンぷんプン

きわめつけは、神戸に遊びに来たのに・・・ いいおじさんだと思ったのに・・・  すみません、わたしには、意味不明です。 

エゴの塊の世の中ですね。他人のこと思いやるというのは、人としての品性の問題ではないのですか。他人も、ばあちゃんも、こどもも、犬も、虫も、空気も、地球も、みんな大切ではないのでしょうか。

永六輔さんは、わたしの知り合いでは、ありませんが、わたしの中には、永さんがいます。司馬さんがいます。多分、坂本さんも、そして、同じ誕生月日の田村正和さんも。

こんなことでは、くじけない。いやがられても、いやがられても、私の経験したことを、伝えていこうと思う。だって、今日やきのう始めたことではないのですよ。 それにしても、若い人よ、わがまま言う前に、ひとのはなしを聞け。

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