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2006年9月

悲しみのなみだ

中谷 歩さん、ほんとうに気のどくでした。無念で、無念で、無念だったでしょう。

ご両親のインタビューを見ていて、3つ気がついたことがあります。

ひとつ、自殺体が、見つかる前、ご両親は、あの子は、同級生だから、話を聞くまでは、犯人と思っていない。と
これは、わたしには、少年とその両親への、思いやりに聞こえるのですが・・

ふたつ、生きて償って欲しかった、と。
間違っても、「死ぬなよ」どうせ死んでも、うちの子は、還ってこないんだからな・・・

みっつ、娘のためにも、自分たちが、顔を隠していては、だめだ。と 
立ったままの、遠くを、見るような目で、ひとつぶのなみだもない、最後のインタビューでした。

この景色、わたしには、記憶があります。

神戸の震災のときです。
だれも、泣いてなかった。なけなかった。

1ヶ月ぐらいかかりました、泣けるまでには。

ひとは、本当に、悲しいとき、涙はでないのです。

このご両親に、本物の思いやりと、気丈さと、本当の悲しみを見ました。

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