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24人のビリー・ミリガンより18人の桃太郎?

コメントいただけたので、うれしくなって、載せちゃいます。
YOUNG なかたとは、思いますが、さて、女のひとか、男の人か?
ひょっとして、おかまちゃん、それとも、男装の麗人(宝塚みたいな)?
まあ、それはともかく、反応があると俄然こっちも元気が出てくる。
そんなもんですよ。

以下その方の「なまいきな」一文です。

ブログの高校生と教師
腹が立ちますね
頭でわかっているだけの人々
もしくは何事も深く考えたことのない人々のような感じがします

本を読むでも話を聞くでもそうですが、それで終わりでは
+1にしかならず、体現できると+5なのかなと思います
だから何事もやってみると大変だけど面白い・・・はず?

まだまだ未知の世界が多いので開拓の余地が十分ありそうです

頭でわかっていることはわかっているつもり
自分で体現できてはじめて自分のものになる
というのが最近思ったことです
なんでもそうですがやってみるほうが何倍も面白いですね!
落語のリンク参考にさせていただきます

ブログも見ているだけからちょっと足を入れてやってみようかなぁと思います

来週あたりから
どうして来週かというと・・・・・・
答えは来週になればわかると思うので、作ったらお知らせします

今日思ったことを一つ

間違えを認めるって素晴らしいですね

基本的に自分の行動や考えが正しいと思って生きています
が、それが正しくなかったのかも・・・?
と思いはじめると、どうにもこねくり回して正当化しようとします
特に理屈っぽい人(含・私)
それって、結構疲れますね

でも、一度自分の行動や考えが間違っていたのかも、と思ったら
その気持ちに素直になると、楽ですね
楽というか、気持ちがいいというか、面倒くさくないというか・・・

知らないなら「知らない」と言えばいいのに、言えない人
間違えを認めることを敗北、と感じる人は心が狭いなぁと思いました

今日は風が強かったけれど新宿御苑にてイベントをしました
芝生の上に座ってぼーっと眺めていた空の青さと子どもの無邪気さに心があらわれました

ここからは、わたしの「コメント」です。

ちょっと支離滅裂なところもありますが、でも、反応したり、意見を述べる習慣をつけるのは、とてもいいことです。たとえ自分の意見に反対されても、それは、当たり前のこととして、受け入れる器をお持ち下さい。

少しぐらい、反対されても、死にませんから。つまり、みんなが、自分といっしょなら、気持ち悪いのです。それぐらいの意気で、はあーはあー言いながらやればいいのです。

きょうテレビで離婚経験者の大鶴義丹さんが、世間ではよく、「価値観が違う」から、別れたっていうでしょ。でも、それおかしいよね。「価値観」って、みんな違って当たり前なんですよ。それを認めることが必要だと。

「その通り」

意見や、その手前の反応することで、反対されたからといって、へこまないでね。反対されて当たり前。ここが、出発点なんですから。死なない、死ねない、どうってことない。

著名な評論家の浅田彰(近大教授)さんが、以前こう言っておられました。
「一度、なんでも手当たり次第に1ヶ月に200冊の本を読み、その中から、意見を形成し、誰がなんと言おうと、自分の意見を通せれば、誰でも、評論家になれますよ。」と。

若い人よ、こころある人よ、みんな、がんばれ!!!

最初に、あえて「なまいき」にかっこをつけたけど、いやみじゃないんですよ、本当に。特に若いうちは、「なまいき」ぐらいが、ちょうどいい(ちょっと河島英五みたい)。

いっぱい背伸びして、頭打たれればいいと思います。頭打たれるよ。それが、いいんですよ。これが、世代間コミュニケーションのツールです。キーワードは、「少しぐらいなまいきがいい」です。無礼では、ないですよ。くれぐれも・・

だって、無礼だったら、年長者は、相手してくれないもの。

ちなみに、「人間はみな平等」なんて思っているのは、病気。「人間はみな不平等」なのが、事実。そして、それでいいのです。不平等だけれど、それがために、差別されない、しないということなのです。

たけしさんのテレビで見ましたが、幼稚園の発表会で、ももから、桃太郎が、ぞろぞろ18人出てくるんです(ビデオを流していました)。

もちろん、みんながみんなではなく、そういう幼稚園があると・・・桃太郎をひとりにすると、親から、苦情が出るからだそうです。「なぜ、うちの子は、桃太郎じゃないの?」

「じゃんけんで負けた」からって、ごまかしゃいいのにねぇ、先生も。

だれかが、うちの子だけは、オニにしてくれと言えばいいのに。そのほうが、目立つうって・・・だって、1対17でしょ。犬でも、猿でもキジでもいいじゃん。別に、それで一生が決まるわけでもないし。まあ、確かに、これは、自分からは言い出しにくいけどね。

でも、所詮こども、幼稚園の行事にどうして、親が、自分たちのエゴを押し付けるのかねぇ。悠然と見守ってやってたらいいんじゃないの。違う?

手をつないで、ゴールする運動会もやめて、そんなうその平等をこどもの時から植えつけるのを止めてもらいたい。だから、世の中おかしくなるんですよ。

人間に、みな平等なのは、ただ、過ぎ行く時間のみです。

わたしは、そう思います。



ところで、わたしのブログが、まあ、きっかけになって、ブログ始める人がいたら、なんだか、そわそわしてきますね。いわゆる、おしりのあながこそばいってゆうか・・・

あすは、12階のはなし。

みなさん、いっしょに、がんばりましょう。

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娘の幼稚園の面接に関して思うことを書いていこうかと思います。 情報共有ができたらいいな。 [続きを読む]

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