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2008年2月

座薬からのSOS -3-

近づいて見ると、父は後部座席に

弱々しく横たわっていた

医者も診察室からかけつけ、脈を診ると

看護士さんも車椅子を持って来てくれた

あわただしく時が過ぎてゆく



女性ばかり3人の看護士さんが

父を車椅子に乗せようとするのだが

ほぼ意識のない父は、体重こそ50kgぐらいだが

ただの人形のようで、なかなか、うまく出せない



弟と二人で

ちょっと強引に父を車から引きずり出した

山の上なので、気温は零度近い

あわてて診療所の中に運び込んだ



「熱、はかりますね」

看護士さんが体温計を脇に差し込んだ

しばらくして


「39.3度ありますね。熱の為に

朦朧(もうろう)としているんですね」



えーっつ!!そんなばかな

だって、全然おでこも熱くなかったのに

だが、体温計は、うそをつかない

ひとまず、座薬で熱を下げることにし

点滴も3本受けることになった



医者からは

インフルエンザは、検査したが

陰性なので、原因がわからない

明日までに熱が下がらなかったら

大きな病院に紹介状書くから

あす朝、また様子を知らせてください

とのことだった



それから、1時間熱は全く下がらなかった

医者も、ちょっと不安げだったが

看護士が



「ひょっとして、座薬出ちゃってるのでは?」


その一言で、オムツがあけられ


「あっ、まだ入ってますね」



というわけで、熱を下げるための点滴が

もうひとつ増えた

そして、また1時間がすぎ

医院の閉まる時間にもかかわらず

医者も看護士も延長してつきあってくれた



熱も下がる兆しが見えてきたので

あす朝必ず報告するということで

真っ暗になった医院を後にした



もうひとりの末の弟もかけつけていたが

みんなで、実家に帰り

まだ意識朦朧としている父をふとんに寝かした



今晩がヤマ場であることは

みんなが口には出さないがわかっていた


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電車に揺られながら -2-

こころは、千々(ちぢ)に乱れ

何があったのか、さっぱりわからず、

あの、よくしゃべる、

比較的いつも冷静な母が

極端に口数が少なく

要領を得ない


それで、状況が切迫していることが、

よけいに、よくわかる


父が死ぬのはいつでも自由だが、

なぜ、今なのか

あまりに、突然だ

いや、死ぬとは限らない、だが

あの母の反応は??

そんなことを思いながら、

最寄の駅に着いた


改札を通りながら、

母親のケータイに連絡をした



  「今、駅に着いたよ」

「もう、弟と八木医院まで、運んだから、そこに来て!!」


「早く!!」


    
「うん、わかった。」



駅から、約10分

八木さんの駐車場に母と弟の姿があった

車のドアーが開いたままで、

ふたりは、寒空の下

所在無げに突っ立っていた


遠目ではあるが、

少なくとも、ぼくにはそう思えた



でも、父の姿はなかった



漆黒の闇が、もう、すぐそこまで迫っていた




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母からのSOS ー前ー


2月 逃げる で、3月 去る

1月は「行く」か、「いぬ(往)」の連体形の

「いぬる(往・去ぬる)」か、どっちかなと思っていたら


ケータイが、「ぱぱぱぱぱんぱぱ~ん」と、

けたたましく 鳴った



  
「もしもし」



それは、今年80才になる、おふくろからだった。



「お父さんが、動かへん」



  
「おふくろ、何て?」



「お父さんが、台所の床に横になったまま

動かへんようになってしもうた。」


    
「じゃ、救急車よばな!!」


「いや、恥ずかしいことはしたくない。

今、しげお(弟)にも連絡してこっちに来てもらってる。

でも、ひとりでは、動かせないから・・・」



    
「わかった、できるだけ早く行くけど

      
それでも、1時間ぐらいかかるよ」


    
「間に合うかな?

       ほんまに救急車よばんで、ええの?」


母がぐずっている。


    
「わかった、できるだけ速く行くから・・・」



ぼくは、急いで、店を閉めて母のところへ向かった


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