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2008年4月

看護士からのSOS -5-


4Fの東病棟に案内され、

結局、父はナースステーションの中の

集中治療室のようなところに

入れられることになった。

もちろん、

一番、目が届くということもあるだろうし、

それは、同時に

父の状態が軽くはないということを

家族が、思い知らされることにもなった

すぐにではなかったが、何日かして

熱もやっと下がり、

意識もそろそろはっきりしてきた

ただ、私が誰かは、もう、はっきりとはわからないらしい

が、こちらはそんなことは別に気にならなかった。



父も徐々にではあるが、

回復に向かい始めたころ

それでも、父は車椅子でしか、

移動することができなかった

院内を散歩と称してウロウロしても、

夜、父に付き添っていると、

なかなか寝てくれない

こっちは充分眠いのだが、

それもそのはず、

父は、昼間寝ているものだから、

夜昼逆転しているような感じなのだろう

しかたがないので、

いっしょに、軍歌を歌う

かろうじて聞いたことのある程度の私は

歌詞が、とてもぎこちないが

でもそこのところは、適当にごまかして歌う

夜な夜な、4F東 のナースステーションからは、

あやしげな軍歌が聞こえてくることになる

「きさまと~おれとは~」

ぼけているはずの父だが、この時ばかりは、

私より歌詞が正確なのは言うまでもない

こころなしか、どこからか

看護士さんたちのSOSが聞こえてくるようだが・・・

こうして、約1ヶ月にわたった父の

入院生活も終わりを告げようとしていた。

そんなときに、

また、あんなことが起きてしまった。

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