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2008年9月

大岡裁き IN  インド (ハリー・ポッター事件簿)

http://news.nifty.com/cs/entame/showbizwdetail/reuters-JAPAN-338970/1.htm

ちなみに、大岡越前守(えちぜんのかみ)
本名を 大岡忠相(ただすけ) という。

子供を取り合う、母親の話で有名。

史学的検証では、数ある物語のうち
忠相が
南町奉行時代に実際に裁いたのは
享保27年(1727年)の「白子屋お熊事件」
のみであることが指摘されている。
 
現代に「大岡裁き」として伝えられているものの多くは、

関東郡代や忠相の同僚など
他の奉行の裁定したものや
忠相没後の事件も含まれている。


また
尾佐竹猛
旧約聖書の
列王記にあるソロモン王の英知として、
互いに実子と主張し一人の子を取り合う2人の母親
に対する調停の伝承など、
聖書などに記される裁判物語がイスラム圏を経由し

北宋の名判官包拯の故事
(「縛られ地蔵」と同様の逸話)になった後
エピソードに翻案され含まれたする説を提唱。


永禄3年(1560年)豊後でイエズス会の宣教師が
クリスマスにソロモン裁判劇を行なったという
記録もあり、
木村毅は『比較文学新視界』
「ソロモン裁判と大岡政談」(1975年)で
チベットの伝説や釈尊(釈迦)の伝説が
日本のキリシタンの影響でまぎれこんだとする。

ここまで、『ウィキペディア(Wikipedia)』



「白子屋お熊事件」

材木商白子屋の美しいわがまま娘「お熊」
出来の良いまじめなだんな「又四郎」を婿に迎えるが、
質素でまじめな「又四郎」が気に入らない。
浮気相手の番頭「忠八」と母「お常」と共謀し、
下女「きく」を使って「又四郎」を殺そうとするが失敗。

「又四郎」が事件を「大岡越前」に訴えた。


判決は
「お熊」引き回しの上死罪
「お常」引き回しの上島流し
「忠八」引き回しの上晒し首
「きく」死罪
「ひさ」(浮気の手伝いをした)引き回しの上死罪
白子屋の財産没収
「正三郎」(お熊の父)江戸から追い出し
「又四郎」お咎めなし


大岡越前、厳しいです。


有名な逸話
「手を離したほうが本当のお母さん事件」は
旧約聖書や中国の古典が
伝わってできたものらしいです。


三方一両損も落語らしいです。

三方一両損は、話が解決した後、
越前の計らいで「膳」がでます。
すると奉行が「いくら大岡越前のおごりだからって
沢山喰いすぎるなよ」といいます。

「へえい、多かぁ(大岡)くわねぇっす。」
「たった、えちぜん(一膳)」


おあとがよろしいようで。happy01


出典 

「hal さん」
http://mp.i-revo.jp/user.php/qyjooeai/entry/22.html

「珍獣の館」 

http://www.chinjuh.mydns.jp/ohanasi/365j/0507.htm
ソロモン王の話シュールです。
「剣を持て、子供を半分に切って・・・・・」
縛り地蔵の話も、とても面白いですよ。

まじ、超かんげき~♪♪♪~
こころブルブル
ウィッシュxXheart04って感じ


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神戸からの手紙 VOL.2

┏☆。・'*:.─────────★────┓
   ┌──┐              
   │\/│ 『神戸からの手紙』    
   └──┘              
        vol.02 2008.07.11    
                     
 ┗──――★────────。.'゜*:・☆┛

おかげさまで、反響があったので、共有したいと思います。

まず、第1号 は、 東京から 森宮くん 

『長い間友達でいてくれてありがとう』

最高で 最上の 泣かせるせりふです。
 
きみなしに、ぼくの人生はありえませんでした。

「こちらこそ、本当にありがとう」
 
「ところで、行革大臣の渡辺喜美 って、あの渡辺 くん?」
 
『もちろんあの渡辺喜美は同級生ですよ。学生時代は無口な彼が、
今はテレビの取材の前でしっかり話しているのを見ると、人間とい
うのは変わり成長できるものだと思いますね。

小倉と島田はどうしているのでしょうね。?』

ぼくから 「小倉 くん 島田 くん 風の便り 頂戴!!」

彼のお薦めは、最近見た映画では 「アメリカン・ビューティー」という映画です。
1999年のアカデミー賞です。
それと、EMI の 音楽です。 昔なら レコードを と言うところ。

http://www.emimusic.jp/st/rakugo/

続いて、ご存知 谷中庵さん

http://search.goo.ne.jp/blogreader.jsp?url=http%3A%2F%2Fikken.mo-blog.jp%2Fyanakaan%2F2008%2F07%2Fpost_28bb.html&MT=%BF%C0%B8%CD%CC%BE%CA%AA&DC=10&RD=&IU=&snum=1


谷中庵さんは、文章がとてもいいです。おしゃれな文体を楽しんで下さい。
必ずといっていいほど、にこっとさせられます。プロの作法ですねえ。

また、ブログの左上にある、谷中庵読書録も見てください。
その読書量と的確な書評はとても参考になります。

そして、3人目は、伊藤くん の 「痛い」 はなし

伊丹市から自転車を飛ばして、会いに来てくれました。
 
『神戸からの手紙 もらってから、ブログも全部読ませてもらいました。』 

『朝までかかりました。それで、会わないといけないと思って、走って来ました。』
 

「寝てないの?」 『はい、寝てません』

『それで・・・』

ここで、彼は、和紙の封筒を差し出した。 

『イタミを感じる』 

「えーっつ??伊丹を感じる??」 

『痛みを感じる・・・・・痛みを感じる金額じゃないといけないと思いました。』

『自分にとって、痛みを感じる金額を入れてきました。    

  2千円札が好きなので、集めていた、新札も 入れてきました。』

ぼくには、 痛み より 重み を 感じる封筒でした。 

「飲み食いには使わないよ!!」

『いえ、飲み食いにも使ってください!!』

本物の人間に会えた気がしました。

ガリレオの活動への寄付 第1号さんです。

彼は、東京の人です。府中に家がありますが、
今は、伊丹在住で、仕事の都合で、よく東京を往復しています。

もちろん、自転車で・・・ということはないようですが、
琵琶湖ぐらいまでは、自転車で出かけていきます。

やっぱ、愛すべき 変人です。
よく、犬の散歩もしてくれます。

初めて、犬だけじゃなく、人間にも優しい人にも会えて、とても感激しました。

「痛みを感じる・・・」なかなか言えるせりふじゃないですよね。
あの若さで、・・・・「参りました」 あなたは、これからもすばらしい。

今週、わたしたちが、お会いできた賢人です。おすそ分け・・・

哲学者 の 鶴見俊輔さんからのメッセージ があります。

「国民の義務」について・・・むつかしくないので、見てください。

http://galileoclub.cocolog-nifty.com/blog/2008/07/post_4461.html

鶴見 俊輔 つるみ しゅんすけ、1922年生まれ
上智大学名誉教授の鶴見和子は姉。鶴見直輔は弟。
『バナナと日本人』等で知られる人類学者の鶴見良行は従弟。
ベトナム戦争期は小田実(まこと)と「ベトナムに平和を!市民連合」(ベ平連)の
中心的な人物として活躍した。九条の会の呼びかけ人の1人でもある。
エピソードとして、幼少期からの膨大な既読書の内容をすべて覚えており、
それが「赤川次郎作品すべて」にまで及んでいることが判明。
他の編者たち(安野光雅、森毅、井上ひさし、池内紀)らも唖然としたという(松田
著『編集狂時代』より)。

「波浪推進船マーメイド2号」で、ハワイからの 7000KM の航海を終わったば
かりの 
ヨットの堀江謙一さんからのメッセージは

「航海中に楽しいのは、星がきれいなことではなく・・・」

http://galileoclub.cocolog-nifty.com/blog/2008/07/post_0f8e.html

ところで、 きょうの手紙は「登檣礼(とうしょうれい)」

神戸港が開港140年を迎え、今春、2艘の帆船が、入港いたしました。

残念ながら、私は見れなかったのですが、・・・・旅立ちの時

「登檣礼(とうしょうれい)」  登りかたよ~~い

海王丸 登檣礼(とうしょうれい) in  横浜(5分)

http://jp.youtube.com/watch?v=ctyTCm5MDEE&feature=related

涙が出ます。 年のせいでしょうか? 気のせいでしょうか?
ねえ、がばいばあちゃん?

日本丸 登檣礼(とうしょうれい) in 神戸(5分)

http://jp.youtube.com/watch?v=fTtLNOgv9Fw

船つながりで・・・・
私が参加したのは 第3回 東南アジア青年の船

http://mongkol.wordpress.com:80/2006/09/09/happy-4th-sseayp-anniversary/

それでは、 ご き げ ん よ う

                     ご き げ ん よ う

                        ご き げ ん よ う       

おかげで、わたしも出稿できました。

☆.。:・★.。:*・☆.。:*☆.。:*・★.。:*・☆.。☆.。:*・★.。
  ガリレオクラブ   http://galileoclub.org/
  万華鏡ミュージアム http://kobekitano.com/
  神戸名物            http://zenpukudo.tea-nifty.com/
☆.。:・★.。:*・☆.。:*☆.。:*・★.。:*・☆.。☆.。:*・★.。

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ホーキング博士、いよいよ賭けにでるー宇宙誕生の謎に挑むー


ホーキング博士、「大型ハドロン衝突型加速器(LHC)
実験で神の粒子は見つからない」に100ドルの賭け


リンク: 宇宙誕生の謎解明を目指す、大型ハドロン衝突型加速器(LHC)実験 国際ニュース : AFPBB News.

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彼は知っていた

2008年8月28日(木)10時22分配信 毎日新聞


『アフガンで拉致され殺された伊藤和也くんの

ペシャワール会への志望書全文』

       ワーカー志望の動機 伊藤和也


私がワーカーを志望した動機は、
アフガニスタンに行き、
私ができることをやりたい、そう思ったからです。

私が、アフガニスタンという国を知ったのは、
2001年の9・11同時多発テロに対する
アメリカの報復爆撃によってです。

その時まで、周辺国であるパキスタンやイラン
といった国は知っているのに、
アフガニスタンという国を全く知りませんでした。


「アフガニスタンは、忘れさられた国である」


この言葉は、私がペシャワール会を知る前から
入会している「カレーズの会」の理事長であり、
アフガニスタン人でもある医師の
レシャード・カレッド先生が言われたことです。
今ならうなずけます。

私がなぜアフガニスタンに
関心を持つようになったのか。

それは、アフガニスタンの復興に関係するニュースが
流れている時に見た農業支援という言葉からです。

このこと以降、アフガニスタンに対しての興味を持ち、
「風の学校」の設立者である中田正一先生の番組、
偶然新聞で見つけたカレーズの会の活動、
そして、
カレーズの会の活動に
参加している時に見せてもらった
ペシャワール会の会報と
その活動をテーマにしたマンガ、
それらを通して現地にいきたい気持ちが、
強くなりました。

私は、関心がないことには、
まったくと言っていいほど反応しない性格です。

反応したとしても、すぐに、忘れてしまうか、
流してしまいます。
その反面、関心を持ったことはとことんやってみたい、
やらなければ気がすまないといった面があり、
今回は、後者です。

私の現在の力量を判断すると、
語学は、はっきりいってダメです。
農業の分野に関しても、経験・知識ともに
不足していることは否定できません。
ただ私は、現地の人たちと一緒に
成長していきたいと考えています。

私が目指していること、アフガニスタンを
本来あるべき緑豊かな国に、
戻すことをお手伝いしたいということです。
これは2年や3年で出来ることではありません。


子どもたちが将来、食料のことで
困ることのない環境に少しでも
近づけることができるよう、
力になれればと考えています。

甘い考えかもしれないし、行ったとしても
現地の厳しい環境に耐えられるのかどうかもわかりません。


しかし、現地に行かなければ、何も始まらない。


そう考えて、今回、日本人ワーカーを希望しました。

2003・6・15

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