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2009年7月

父ちゃんが死んだ

とうちゃん

とうちゃんは ぼくや おとうとの しげおが 

まだ おさなかったころ

やすみのたびに 平野の おばあちゃんや 

兄のたもつおじさんのところへ

栄町の 停留所から 市電に乗って 

よく連れて行ってくれました。

終点が 平野でした

市電のなかでは たいへんでした

目の前に立ったお客さんの手荷物を いきなり 奪って

自分のひざの上に置くものだから

お客さんは どぎまぎ

僕たちは どきどき しました

「荷物持ちましょうか?」の一言が言えない 口下手な人でした

昔は こうして親戚の家に 遊びに行くのが 

休みの日の過ごし方でしたね


そして おとうさん 

おとうさんは 会社からの 転勤命令があるたびに

断っていましたね

こどもの 学校を 転校させるわけにはいかないと

おかげで 今でも 小学校からの友達と仲良くしていますよ

おとうさんは 昇進には 縁がありませんでしたね

それでも、日本のノーベル賞といわれる 

科学技術庁長官賞をもらった時には 家族は 鼻高々でしたよ


そして おやじ

おやじが 定年退職をむかえるころ

3人の兄弟の中で 誰と一緒に 暮らしたい?

そりゃあ 一番下の よしゆきや と

なんで? と聞くと

この世で 一番つきあいが短いからね

夢は かない 3人の孫と幸せな晩年でした


おとうちゃん 

おとうちゃんは 家族に 本当によくしてくれました

ありがとう・・・・・  本当に ありがとう

そして

これからも 

よろしく

 

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