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父の死に際(ぎわ)のこと

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上から 心拍数=脈拍数  38

血圧   最高血圧   45                               

          最低血圧   12

      酸素濃度  86

一番下が 呼吸数    0


夕方 5時ごろ いよいよ危篤という連絡をもらった

病院には 6時半ごろ着いた

その時は 心拍数が 130 ぐらいあった。

もちろん 呼吸も ぼくと同じぐらい あった

父は 息が通りやすいように、

首を枕で 深く への字 になるように されて、

酸素マスクを付けられ 横たわっていた。

もちろん 意識は無い。


かれこれ 2年近く 入退院を繰り返していた

その間 認知レベルはどんどん下がり

ぼくたちの名前や 顔も わからなくなり

自分のことも 状況も 不明に

ただ、ぼけるのは悪いことだけではない

死に対する恐怖も 無くなるのだから


看護師さんに これからどうなるのか

経験上の話を聞いた 

ぶっちゃけ今晩あぶないのか、と

「今は 心臓の力が ないので

(血圧が低いので、最高が40前後) 

末端まで 血が行くように 心拍が 130と 

全速力で走っている時のような状態です

いつまでもつかは、その人の体力にも依りますが、

真夜中辺りが ・・・・・・・・・・」


この写真は 夜10時ごろ (21:49)

心拍が 38 で 赤くなり ブザーも鳴っています

ブーブーブーブーブーッツ とうるさい

そばで 少し 揺さぶりながら 軍歌を歌います

心拍が 60,70 に 跳ね上がりました

美空ひばり、島倉千代子、村田英雄 も効きました

呼吸が 0 なのは、たまたま読めないからです


まだほかの家族は来ない

一度 子どもや 弟の家族や 母親を

家に帰したのです

その直後 急変し また呼び戻しました

まだ家には着いておらず みんな途中から

また、病院を目指しています

何度も心拍数が 30,40 になるし、

間に合うものやら やきもきしましたが、

何とか みんな間に合いました

あとは徳島から駆けつけている 孫の優ちゃんだけ

間に合うかどうか 気がもめる中

真夜中 0時に 優ちゃんも病院にたどり着きました


そして 0時10分 すべての 数字が 0になり

医者が呼ばれ 形どおりの 脈を取り

死亡が確認されました。

7月21日0時10分享年83歳

まさに 待っていたような タイミングで逝きました。


そして すぐに 弟が 葬儀社に連絡し 

その夜 2時ごろ 葬儀社の寝台車が 

明石から父を運びに来ました。

父のなきがらと 私は その後 

こっそりと 病院を抜け出し 実家に向かいました。

この時、病棟にいた 看護師さん 3人と

医師が 寝台車まで ついて来られ

車が出る時に 深々と 頭を下げていただきました

私は この時 父が亡くなったことを理解しました。

 

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