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坂本龍馬の閉塞感

坂本龍馬は、さぞ痛快だったろう、

NHKや「仁」を見ている誰もが 

間違いなくそう思うだろう



さて、本当にそうだろうか?

幕末、今となってわかる言葉だが、

実際、幕末にならなかった可能性も否定できない

少なくとも、龍馬が生きているうちには・・・・・



さて、どんな時代だったのだろう

265年続いた、江戸幕府が相手なのだ

いや、

酒と女と詩を愛し、

自らを「鯨海酔侯(げいかいすいこう)」と称した

土佐藩 山内容堂侯も決して味方とは言えないし

薩摩の 西郷隆盛も、血気盛んに、

どう転ぶかわからんし、

それこそ、さいごのさいごうに

無血開城で、手を打つかどうか?



長州藩に至っては、

高杉晋作とは、仲良しみたいだが、

さりとて、藩内には、不穏な分子もいるわけで、

しょっちゅう、藩内で、主導権争いがあり

綱渡り、つなわたり

師匠 勝海舟にしたところで、所詮幕府に、

雇われていたわけで、首になったり、

一時は、奥の手として、江戸の町に火を放つ、と

一か八かの勝負に・・・・・



朝廷も、ハッキリせず

同郷の中岡慎太郎とも、腹を割って話せず

第15代将軍 徳川慶喜が、やすやすと

大政奉還に、合意するとも思えない。



イギリス・フランス・オランダ・アメリカなどの、

列強も、また、虎視眈々と、日本を狙っていた



そういう、とてつもない閉塞感が、

充満していたのではないでしょうか?

つまり、決して楽な状況ではなかった

閉塞感という意味では、はるかに今以上では・・・



しかし、その中でこそ、龍馬は生きたのです



生き生きと



私たちも、悲観ばかりする必要はない



大丈夫です



坂本龍馬と同じDNAが、私たち子々孫々にも、

綿々と受け継がれて、脈々と流れているのです。

これは、私の師匠 

中澤弘幸さんが 昨今おっしゃっていることです



みなさん、自民党になれば、また、原発ですよ

利権、リケン、と わかめちゃんじゃあるまいし

その意味では、菅さんに

反原発法案(自然エネルギー促進法関連)だけは

通して欲しい



私は、久米三四郎さんを、尊敬していますから

http://www.47news.jp/CN/200909/CN2009090201000965.html

久米さんに、お会いした時、

綾部から奥の過疎の村にお住まいでした

原発(高浜・大飯 福井県)から約30kmのところで、

どうしてですかと伺うと、

原発に何かあったら、すぐ駆けつけるんや。

わしが、動いたら、マスコミがついて来る。

マスコミがついて来たら、みんなに

本当の原発の恐ろしさが伝えられる。

反原発をいうものだから、昭和25年から

ずーっと講師のままでしたね。

約40年、一生、阪大講師のままでした

その代わり、反原発の講演会は1000回以上され、

私たちを導いてくださいました

反原発の坂本龍馬でした。すばらしい方でした



昔の菅さんはすごかった

市川房枝さんを担ぎ出した頃は素敵だった

菅さん がんばれ

仕事を がんばれ

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われ思う、故にわれあるはず」カテゴリの記事

コメント

坂本龍馬に関しては、好きな人物の一人だが、このブログに近い(?)感想を以前から持っています。

だからといって、正直、「坂本龍馬と同じDNAが、私たち子々孫々にも、綿々と受け継がれて、脈々と流れているのです。」とは思えない。

彼は、現代に居てもかなり突出した才能と行動力の持ち主で逆に、日本人離れした国際人であると思える。いわゆる「村社会」のようなこの国のシステムを一番嫌っていたのではないかと思える。

龍馬は一見「人たらし」のように誰にもすりよるが、実際につきあうとなると(物事や相手の心の中まで見透かすユニークな力で、遠慮かまわずにずけずけ意見をして)おそらく相当、嫌なやつだったかもしれない。同時代人だとすれば、鼻持ちならない人物だったかもしれない。

暗殺のされかたも、犯人の容疑者が敵・味方入り乱れて多数上がっていることなどから見ても、その辺が何となく伺えるようだ。

司馬さんの『龍馬』以降、この人物への評価が高まったわけだが、それはちょうど、吉川さんの『武蔵』が定説に近いものになったのと同じような、歴史人物への高い評価への典型と思う。わかりやすく言うと、『武蔵』は、武道家が修業のモデルとし、『龍馬』は政治家たちの目標となるように。

『龍馬』はたしかに「幕末」にトリックスターのように境界(藩や身分階級)を越境して、ネゴシエイションに走った立役者とは思うが、今流行の「船中八策」も横井小楠「国是七条」が元になってるのだが、司馬さんはそれに触れていない。

「しかし、その中でこそ、龍馬は生きたのです」との、結論的な飛躍はいかがでしょうか?

志半ばで倒れたことへの無念さはあるが、そこで終わったからこそ、永遠に「若き英雄」として残像を今もって照射しているのではないだろうか。

いずれにしても、「龍馬」は「信長」同様に(こちらも鼻持ち習い御仁だが)日本人に愛されることは否定できないとは思いますが。

投稿: チクゼンブシ | 2012年4月21日 (土) 08時05分

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