« 富士山は日本一の山ではなかった | トップページ | 国際協力機構 JICAさま »

富士山は3番目に高い山でした

台湾原住民のツォウ族の言語では「パットンカン(pattonkan、石英のこと)」 と呼ぶ。欧米では、商船主・モリソン(W. Morrison)が報告したことから「モリソン山」と呼ばれた玉山(ぎょくざん)は、台湾のほぼ中央部に位置する山。

富士山の標高3,776mよりも高いことから、日本の台湾統治期には日本一標高の高い山として知られ、日本の学校でも「日本一の山」として教えられていた。

日本統治時代には明治天皇により富士山よりも高い「新しい日本最高峰」の意味で新高山と名づけられた。

標高は1995年と1999年の衛星測量では、ともに3,978mと計測されている。

雪山(せつざん)は台湾で2番目に高い山。標高は3,886m。旧称次高山(つぎたかやま)」、台湾原住民により「マハマヤン」、西洋人により「シルビヤ山」などと呼ばれていたが、日本統治時代の1923年、台湾に滞在中の摂政・裕仁親王より、台湾領有当時の「日本最高峰」新高山の次に高い山の意味で次高山と命名された。

12月2日、大本営より機動部隊に対して「ニイタカヤマノボレ一二〇八」の暗号電文が発信された。ニイタカヤマ(新高山)は当時の日本の最高峰、一二〇八とは12月8日のことで、「日本時間12月8日午前零時を期して戦闘行動を開始せよ」の意の符丁であった。ちなみに、戦争回避で攻撃中止の場合の電文は「ツクバヤマハレ」であった。

7時49分(日本時間8日3時19分)、第一波空中攻撃隊は真珠湾上空に到達し、攻撃隊総指揮官の淵田美津雄海軍中佐が各機に対して「全軍突撃」(ト・ト・ト・・・のト連送)を下命した。7時53分(同3時23分)、淵田は旗艦赤城に対して「トラ・トラ・トラ」を打電した。これは「ワレ奇襲ニ成功セリ」を意味する符丁である。

それにしても、日本側がつけた名前の安易さと、台湾に富士山より高い山が、二つもあるなんて、びっくり

|

« 富士山は日本一の山ではなかった | トップページ | 国際協力機構 JICAさま »

突然 興味をもっちゃった」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/137716/56353321

この記事へのトラックバック一覧です: 富士山は3番目に高い山でした:

« 富士山は日本一の山ではなかった | トップページ | 国際協力機構 JICAさま »