カテゴリー「伝えたいこと 次の世代へ」の31件の記事

橋下(はしもと)、大阪府知事は間違っている


逆の立場に立てない人は

「死ね」とは言わないが、

少なくとも、為政者(ぎせいしゃ)に

なってはいけない。

MAX WEBER (マックス・ウエーバー) 

が言ったかどうかは、私は知らない。


私学助成金をカットしないでという高校生からのお願い


無駄な道路を作るお金があるんだったら、

自分たちへの助成をカットしないで

という子供の叫びに

『どこの道路が無駄か?』言ってください

おとなげない、と思いませんか?

橋下さん、

ただ、機嫌が悪かっただけなのでしょうか?


さらに、

『気に食わなければ、自分たちで、

いい国にすればいいじゃないですか』

ごもっともにも聞こえますが、

大人たちや、ご自分には責任がないとでも

なんと、タカピーで

弱者は死ね とでも言いたいのか?


少なくとも、むだな道路や、

建物はたくさんあるわけで、

府庁舎のWTC移転は、

あなたが言い出したのですよ

WTCが、無駄な建物だから、

有効利用しようということで・・・

これは、すばらしいアイデアなのに

道路や建物と、子供たち一人ひとりのこれからの

人生とどちらが、どうだと言いたいのですか?


ばかは、学校なんか行かないで、

我慢しろということですね

じゃ、私のようなオオバカには、死ねと言ってください。

幸い、幸いですよ。私は大阪府民ではありませんが・・・

ましてや、

『自己責任の国なんだから、いやなら出て行けばいい』 

とはどういうことですか

明らかに、超差別発言では?

「気に食わないのなら、出て行け」

恐ろしい発想です。

自分と意見の違うものを認めようとしない


気に食わないのは、あなたのほうでしょうよ

議会や教育委員会では、

つるし上げられる、立場だから、

弱者である、こどもに当り散らすのですか?

まことにおとなげない


知事いわく

『公立に行けばよかった。』

なにをいまさら

自己責任の国なんだからと言うのであれば、

じゃ、それをこそ教えてこなかった、

責任が、私たちにも あるのでは

生まれてから このかた、そう言われ続ければ、

ある程度納得もいくでしょう

イギリスのパブリックスクールのように

しかし、あなたは、ある日突然

以前からの決まりごとのように

自己責任と声高に・・・

小泉さんの真似をしただけじゃあ


成績の公開は、どうでもいいと思います

むしろしない方がいい、なぜなら

上岡龍太郎さんが、

以前、おっしゃっていましたが、

学校とは、

「知識ではなく思いやりを」

まなぶところだと・・・

そう思いませんか?


後日、中山議員の「教育委員会をぶっつぶせ」に

賛成したあたりは、まともだと思いましたが

しかし、

これはいただけない

なぜなら、私学助成金をカットして、

果たして誰が喜ぶのですか?

10メートルぐらいの、きっと利権まみれの

すばらしい道路が出来るのでしょうね


つまり、反対ですよ言いたいことが、

頭がいい人だけ学べばいいんですか

頭が悪い人こそ学ぶべきではないんでしょうか

子供たちに、『じゃ、公立行けばよかったじゃん』

って、どういうことですか


子供たちが、悲しそうに、「行けなかった」と

泣き出す子もいて・・・

ひとにはね、いろいろ事情があるのですよ

いじめにあって、中学校すら行けなかったとか、

親が、リストラにあって、助成金がないと

学校がどうしても続けられないとか

なのに一方的に、朝から、新聞配達すればいいとか・・・

社会人に一度なってから、行きなおせという人まで、

コメント言う人にも同調するばかがいますよ。


おかしくないですか?強者の理論であって

決して、すごしやすい、いい国の人の

発言ではありません。


橋下さんも、『子供として扱いませんでした』 

そして、賢いと思われるTVでコメントを言う人までもが

「子供に、はっきり面と向かって言える人が

何人いるでしょう。これだけ(1時間以上)

こどもたちと、面と向き合った橋下さんはえらい」 と


ばかか、おまえら!!


肉体的に向き合ったことを

面と向かうとは言わないのだよ

そんなこともわからないのか

面と向かうというのは

相手のことを考えるということだよ

この前提なしに

好き勝手

自分のうっぷんばらしを自分よりできの悪い、

頭の悪そうな(多分そう思っているのだろう)

しかも、わざわざ、こどもにするのは、

公権力の乱用どころか、社会的虐待だよ

こんな人間ばかりが、あたまにいるのだから

とても情けない国、日本が加速していきますね

なげかわしい


「政治」というものは、

金持ちの為にあるのではなく、

むしろ、弱者の為にこそある


「ソクラテスの弁明」より

「私は知恵があると思われている者の一人を訪ねてみる事にしたのです。(中略)仔細にその人物―特に名前をあげて言う必要もないでしょう。
それは政界の人だったのですが―その人を相手に問答しながら観察しているうちに、次のような経験をしたのです。
つまりこの人は、多くの人に知恵のある人と思われているらしく、また自分でもそう思い込んでいるようだけれども、実はそうでもないのだと、私には思われるようになったのです。
それで、私は彼にそうではないという事を説明しようと努めたのです。
その結果私は彼にもまたその場にいた多くの人々にも憎まれる事になったのです。
 しかし私は、一人になって考えたのです。彼より私のほうが知恵がある。なぜなら二人とも善や美(真理)についてよく知らないと思われるが、彼は知らないのに知っていると思っているが、私は知らないので、知らないと思っている。その点で私のほうが少し彼より知恵が優れていると思う。
また私は彼以上に知恵があると思われている者を訪ねたが、やはり同じ結果となったのです。
そして私はその者からもまたその他の多くの人々からも憎まれることになったのです。
 (中略)私には、最も名声ある人々がほとんどすべて最も智見(思慮)を欠き、尊敬されることが少ない人々のほうがむしろ智見(思慮)が優れていると思えたのです。」

出典
http://www.fruits.ne.jp/~k-style/sub3.html

  

| | コメント (1) | トラックバック (0)

任天堂・ソニーの社員に告ぐ


社員のひとへ



生活もあるんだろうけど、



多分

ゲームとかのせいで、子どもや

若い人がだめになってない???




しかも、世界中の・・・・・




もし、そう思うんなら、潔く辞めたらアカンの

これ以上、異常な事件が

増えないほうがよくないでしょうか?





よしんば、全く関係ないとしても、

天下のソニーや、マイクロソフトが、

ゲームに頼らないといけないわけ??





なんか、この辺からおかしくないですか

ぼくは、場末の、しがない、万華鏡売りですが、

そんなに悪いことはしていない自負があります。



| | コメント (0) | トラックバック (0)

人間なんて

人間   600万年

イモリ    3億年

植物   10億年

地球   46億年

イモリ    5度上げても大丈夫

さて、人間は?



地球   46億年

植物   10億年

イモリ    3億年

人間   600万年

イモリ    5度上げても大丈夫

さて、人間は?



人間なんて、所詮こんなもの

そこはかとなく、ちっちゃい人間

だから、かわいい

だから、たいせつ

だから、せつない



そこはかとなく

http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?id=1146950-0000&kind=jn&mode=5



| | コメント (1) | トラックバック (1)

あすはわが身

あいださん、といいます

わたしとは、以前コンビニで、廃棄の弁当をもらう仲間でした

彼は、ある山の、 神社の境内にある

休憩するためのぼろ小屋で寝泊まりしています

いわゆるホームレスです

神社のために草むしりをして、その代わりに出て行けと

いわれないシステムです

ですが、お金にはなりません

よって、食事がままならないのです

久しぶりに、新年その神社の境内で、

焚き火にあったっているのを見かけました

生きていらっしゃいました

少しぶれているので、ちょうどぼかしているみたいでいいかも

ところで、わたしにとっては、あきらかに

「 あすはわが身です!! 」

みなさんにとっては、どうでしょうか?

ひとのことを、思いやれないなら、それをこそ戦時下とよぶのでしょう

いまの世界は、日本は、だれのための戦争をしているのでしょう

とてもかなしくなります


Dcf_0094_5

| | コメント (0) | トラックバック (0)

藤原紀香はすばらしい らしい


藤原紀香はすばらしい らしい

多分、間違いなくそうだと思うのだけれど

本当にそうか と 考えてみた

4億 5億円挙式だそうだが、もちろん、

TV局が出すのであろうけれど

ご祝儀の一部を、世界の恵まれない

子供たちのために寄付するそうです

ここまでは、すばらしい

ただ、本物か?それとも偽善者か?

それとも、・・・・・・

そんなの関係ねぇ!! ちょん ちょん

ということなのだろう

だって、こちとら、どちらにしても、ひがみや、ねたみ

身分の違いを感じているだけなのかもしれない

ただ、本物だろうか?

マザーテレサは、ノーベル賞の授賞式の後の

豪華なパーティを断ったそうだ

そんな立派なパーティをするなら、その費用を

恵まれない人たちのために使ってほしい

また、往復の飛行機のファーストクラスや、

なんやら、かんやらもことわったらしい

「わたしには、そんなりっぱなものはいりませんから」

紀香さんは紀香さんで、十分立派だと思います

でも、もし、もっと本物に近づくのなら

自分が、われわれ同様、偽善者 であることを知り

さらにできる限りのことをすれば・・・・・

もっと、もっとりっぱになれるのでは

わたしなど足元にも及ばないとは知りつつ

苦言をひとこと

それにしても、最近は美人続きじゃな

次は、アンジェリーナ・ジョリーでも

参考までに

くれぐれも NORIKA さんは今でも十分りっぱなのですよ

http://www.norika-cambodia.com/

何もしない、お金のことしか考えてない人が

ほとんどなのですから

ただ、お金があるだけで、ノーベル賞を獲った人はいません

でも、お金がないと授賞式にも出れないか

| | コメント (0) | トラックバック (0)

売るもの?

近所にコンビニがある。

あなたのコンビニなんとかマート???

ところで、そこには、M  さんという 60歳を越えられた、

オーナーとよく間違えられる、アルバイトのおじさんがいる。

「わし、もう長くありませんわ!」

 そんなこと言わないで、長生きしてください

「ちゃうがな、ココの勤めやがな」

 はあ、なんで?

「うるものがない!!!」

 売るものいっぱいありますやん。コンビニやし

「違うがな、得るもの(うるもの)、学ぶものがない」

 あーっつ でも なんでですか?

「若い人からでも、学べる人はいる、でもここの若いスタッフは、

 あほばっかりや。何で、ここで勤めてるの?と聞いても

 

 “楽やから”

 “おでん、からあげ、やってないから、楽やから” 

 “友達同士でしゃべってたら、お金になるから、楽やから”

 

こんなあほからは、学ぶものがない」

20代の人が、仕事から学ぼうとしていなくて、

60代の人は、何かを仕事から、同僚から学ぼうとしている

せめて、若い人たちが、このM さんの考えが少しでもできたら、

少し、未来の彼らが、そして、少し未来の世界が、

そして、少し未来の地球がよくなるのになぁ。


「ありときりぎりす」の話も、少し関係あります、でもそうじゃなくて、

「楽」がだめという話ではなく、「姿勢」の問題なのです。

何からでも、学ぼうとする姿勢。自分の時間を使っている以上

そこから、『学ばない手はない』という姿勢のことです。

だって、バイトしている間も、自分の人生の中の貴重な時間です。

M さん 年の功ですね。でも、この若者たちが M さんの年齢

になっても、同じようにはできるとは限りません。


だって、M さんは一生懸命 生きて来られたのですものね。

忘れかけていたものを、思い出しました。

M さん、ありがとう。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

森鴎外の勉強法

森鴎外が、東大の学生だった時、ドイツ語が、できなかったそうな。

お金のなかった鴎外は、ドイツ語を学びに行くこともできなかった。

そこで、鴎外は、考えた。

結果、鴎外は、ドイツ語を教えることにしたのだ。

「ドイツ語教えます。ひとり30円」 5人生徒が集まったそうな。

30円X5人=150円 

鴎外は、100円 持って、ドイツ人のところへ、そして一生懸命

ドイツ語を勉強したそうです。もちろん、あまった50円は、

今でいうバイト代になったそうな。

その後は、みなさんもご存知の通り。

ドイツへ、留学し、「舞姫」と出会うわけですが・・・

ところで、鴎外の教えるドイツ語教室には、

ひとつだけ約束があったそうです・

それは、

生徒からの質問の答えは必ず、翌週にまわす

というものでした。

これは、わたしが、ずーっと昔に、中学の先生から

教えてもらった話です。(岡山出身の故佐藤守先生)

真偽のほどは、研究家でないのでわかりませんが、ただ、

他人に教える気で学べば、必ずや身につくものと、

固く信じて疑いません。

この話、実はきのう20才の男の子にしたのですが、

「森鴎外って、誰ですか?」と言われてしまいました。

http://teru.twincle.net/kokunai_4%202006/tuwano%20no%20sentetu_meisyo%20kyuuseki/3%20mori_ougai.htm

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A3%AE%E9%B4%8E%E5%A4%96

ちなみに、鴎外には、「青年」という作品もあるようです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

青年の仕事

NHK 「 にっぽんの底力」という番組

沖縄・西表島圧倒的な大自然▽島に生きる若者

都会から移り住んだ若者が地域を支える沖縄県西表島(いり
おもてじま)の暮らしと自然を伝える。西表島は交通手段は
船しかなく、昔ながらの自給自足生活が残っている。
そんな暮らしを受け継ごうと、都会からの移住者が相次ぎ、
この10年間で地域の人口は倍増した。
彼らは地域の祭りや行事も支えている。中坂眞吾さん(30)も
その1人で、島で家族を持ち、地域の”おじぃ”たちから米作り
の技や古謡などを学んでいる。大自然と真正面から向き合う
生き方を選んだ若者の姿を見詰める。




インタビューアーが、「“おじい”から、怒られてばっかりだね。嫌にな
              らない?」

しんご さん     「まあ、それで逃げ出すやつもおるけど、青年は

             怒られるのが仕事だから」

インタビューアー  「なんでそう思うの?」

しんご さん     「だって、知らんことばっかりやから」

そう思う  いつもそう思う  いつまでもそう思う  

つづけ!!!

| | コメント (0) | トラックバック (1)

24人のビリー・ミリガンより18人の桃太郎?

コメントいただけたので、うれしくなって、載せちゃいます。
YOUNG なかたとは、思いますが、さて、女のひとか、男の人か?
ひょっとして、おかまちゃん、それとも、男装の麗人(宝塚みたいな)?
まあ、それはともかく、反応があると俄然こっちも元気が出てくる。
そんなもんですよ。

以下その方の「なまいきな」一文です。

ブログの高校生と教師
腹が立ちますね
頭でわかっているだけの人々
もしくは何事も深く考えたことのない人々のような感じがします

本を読むでも話を聞くでもそうですが、それで終わりでは
+1にしかならず、体現できると+5なのかなと思います
だから何事もやってみると大変だけど面白い・・・はず?

まだまだ未知の世界が多いので開拓の余地が十分ありそうです

頭でわかっていることはわかっているつもり
自分で体現できてはじめて自分のものになる
というのが最近思ったことです
なんでもそうですがやってみるほうが何倍も面白いですね!
落語のリンク参考にさせていただきます

ブログも見ているだけからちょっと足を入れてやってみようかなぁと思います

来週あたりから
どうして来週かというと・・・・・・
答えは来週になればわかると思うので、作ったらお知らせします

今日思ったことを一つ

間違えを認めるって素晴らしいですね

基本的に自分の行動や考えが正しいと思って生きています
が、それが正しくなかったのかも・・・?
と思いはじめると、どうにもこねくり回して正当化しようとします
特に理屈っぽい人(含・私)
それって、結構疲れますね

でも、一度自分の行動や考えが間違っていたのかも、と思ったら
その気持ちに素直になると、楽ですね
楽というか、気持ちがいいというか、面倒くさくないというか・・・

知らないなら「知らない」と言えばいいのに、言えない人
間違えを認めることを敗北、と感じる人は心が狭いなぁと思いました

今日は風が強かったけれど新宿御苑にてイベントをしました
芝生の上に座ってぼーっと眺めていた空の青さと子どもの無邪気さに心があらわれました

ここからは、わたしの「コメント」です。

ちょっと支離滅裂なところもありますが、でも、反応したり、意見を述べる習慣をつけるのは、とてもいいことです。たとえ自分の意見に反対されても、それは、当たり前のこととして、受け入れる器をお持ち下さい。

少しぐらい、反対されても、死にませんから。つまり、みんなが、自分といっしょなら、気持ち悪いのです。それぐらいの意気で、はあーはあー言いながらやればいいのです。

きょうテレビで離婚経験者の大鶴義丹さんが、世間ではよく、「価値観が違う」から、別れたっていうでしょ。でも、それおかしいよね。「価値観」って、みんな違って当たり前なんですよ。それを認めることが必要だと。

「その通り」

意見や、その手前の反応することで、反対されたからといって、へこまないでね。反対されて当たり前。ここが、出発点なんですから。死なない、死ねない、どうってことない。

著名な評論家の浅田彰(近大教授)さんが、以前こう言っておられました。
「一度、なんでも手当たり次第に1ヶ月に200冊の本を読み、その中から、意見を形成し、誰がなんと言おうと、自分の意見を通せれば、誰でも、評論家になれますよ。」と。

若い人よ、こころある人よ、みんな、がんばれ!!!

最初に、あえて「なまいき」にかっこをつけたけど、いやみじゃないんですよ、本当に。特に若いうちは、「なまいき」ぐらいが、ちょうどいい(ちょっと河島英五みたい)。

いっぱい背伸びして、頭打たれればいいと思います。頭打たれるよ。それが、いいんですよ。これが、世代間コミュニケーションのツールです。キーワードは、「少しぐらいなまいきがいい」です。無礼では、ないですよ。くれぐれも・・

だって、無礼だったら、年長者は、相手してくれないもの。

ちなみに、「人間はみな平等」なんて思っているのは、病気。「人間はみな不平等」なのが、事実。そして、それでいいのです。不平等だけれど、それがために、差別されない、しないということなのです。

たけしさんのテレビで見ましたが、幼稚園の発表会で、ももから、桃太郎が、ぞろぞろ18人出てくるんです(ビデオを流していました)。

もちろん、みんながみんなではなく、そういう幼稚園があると・・・桃太郎をひとりにすると、親から、苦情が出るからだそうです。「なぜ、うちの子は、桃太郎じゃないの?」

「じゃんけんで負けた」からって、ごまかしゃいいのにねぇ、先生も。

だれかが、うちの子だけは、オニにしてくれと言えばいいのに。そのほうが、目立つうって・・・だって、1対17でしょ。犬でも、猿でもキジでもいいじゃん。別に、それで一生が決まるわけでもないし。まあ、確かに、これは、自分からは言い出しにくいけどね。

でも、所詮こども、幼稚園の行事にどうして、親が、自分たちのエゴを押し付けるのかねぇ。悠然と見守ってやってたらいいんじゃないの。違う?

手をつないで、ゴールする運動会もやめて、そんなうその平等をこどもの時から植えつけるのを止めてもらいたい。だから、世の中おかしくなるんですよ。

人間に、みな平等なのは、ただ、過ぎ行く時間のみです。

わたしは、そう思います。



ところで、わたしのブログが、まあ、きっかけになって、ブログ始める人がいたら、なんだか、そわそわしてきますね。いわゆる、おしりのあながこそばいってゆうか・・・

あすは、12階のはなし。

みなさん、いっしょに、がんばりましょう。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

愛情

犬が、グスン、グスン、と吠えている。

ウーでも、ワンワンでもなく、

もちろん、キュイン、キュインでもなく、

ゴッツ、ゴッツって感じで、

2秒、3秒、~10秒

あれ~どうしたん。と、見に行った。

すると、そこに小さな男の子がひとりで立っていた。

「犬、嫌いやから、入れんかった。」

かまへんよ、ど~ぞ

「これあけへんねん」と、小さいお茶のペットボトルを差し出した。

ああ、はいこれ。

「ありがとう」

きょうの、初仕事でした。

こんなこどもが、かわいいね。

とっても。

こんな風景がまだあるのがいいね。

久しぶりですよ、こんなこと。

ぼくの記憶にはないけど近所の子かな。

殺伐(さつばつ)、荒涼、の反対側の、

AFFECTIONの世界でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

フェアートレードとやら

フェアートレードとやらの勉強会に行ってきました。

???

おもしろくなかった。全く。

いや、最後の講師の受け答えは、おもしろかった。

主催者が、「じゃ、25年前のフェアートレードは、失敗だったと、

結論づけるのですね。?」

講師「共同組合を作って、直接買い付けるという意味ではそうです。
失敗ですね。今きれいなこと言ってやってるところも、本当は、
グッチがやっているように、現地に工場作って、直接管理している
のですよ。なぜなら、共同組合方式は、必ず破綻するのです。
だれかが、お金もっていったり、機械売り払ったり・・・

ただ、わたしが、バングラディシュに居た25年前にも、ぼくたちは、
フェアートレードと意識していたわけではないのですが・・・

元々、フェアートレードという言葉さえなかったのですから。

だから、物を売るということではなく、保健衛生のための広報とかだと、NGOの活動の意味があるのです。このNGOという言葉もなかった。」

http://www.shaplaneer.org/

シャプラニール 元代表の斉藤千宏さんが講師でした。

参加者は、大学生らしき人が、9割だったのですが、学生時代を、
思い出させるような、最初は数字の羅列。人口とか、識字率とか・・・
眠くなりました、いえ、寝ていました。だって、数字は自分でも
調べたかったら、調べられるもん。

それより、最後の、15分ぐらい、質疑応答と言っても、ひとり、
ふたりしか手が挙がらないので、斉藤さんが、サービスして、
どんどんしゃべってくれた。本音で。

だって、フェアートレードの勉強会で、

主催者は、何とか、脱線せずに、「フェアートレードがいい」
もしくは、もっと、極端に「フェアートレードしかだめ」になんとか、
導きたそうな雰囲気の質問。

斉藤さん、たじろがず、「フェアートレードは、失敗でした。
トレードは、NGOになじまないし、直接生産者を組織してと、
きれいなこと言ってるところも、結局、工場作るのと、いっしょ。
つまり、グッチと・・・」

明快です。本音です。

あと2つ

斉藤さんが、25年前手工芸品を売っていた時、
何が役に立つのか3年間ぐらい議論したそうです。

だって、彼らに作ってもらったものは、所詮外人にしか売れない。
つまり、国内に市場がないことと(食べるのに精一杯)、だから
外人のチャリティに期待する以外にない。

ただそれは、結局、彼らの自立とは、相反する。たくさん作り続ける
わけにはいかない。つまり、チャリティこころのある外人がいないと、
成立しないし、作れば作るほど、チャリティでの購買に、期待が募る。
自然な流れではない。であれば、物がなしのチャリティだけでも、
同じではないのか?

外人に物を買わす慈善事業にすぎない。

わたしが、すごいと思ったのは、この3年間のところなのです、実は。

難民の仕事をしていた私たちには、この時間の余裕はなかったなぁ、
と想いだしたのです。ただ、余裕があったからよかった、とか、
そういう問題ではなく、あったって、結局同じとは思うのですが、
ちょっと、うらやましかっただけなのです、
ほんのちょっとだけ。

本論に戻りますと、

じゃ、チャリティはいやならどうするのか?ですが・・・

いいなぁと思えるものを提案する。
つまり、ビジネスの原理です。

QUALITY CONTROLE(品質管理)
納期も守ってもらう等、のことです。

すると、外国に出稼ぎにいったバングラディシュの人や、
海外に脱出した人たちが、一時帰国した時に、おみやげとして、
買っていくようになったのです。つまり、外人のチャリティにのみ、
おんぶしなくても、ものやデザインが、良くなると、自国の人たち
までもが、おみやげとして、買ってくれるようになったのです。
これで、継続的な、サークルが回り始めたのです。

このターニングポイントになった作品が「ノクシカタ」です。

http://www.shaplaneer.org/crafts/noksikata.htm

もうひとつは

斉藤さんが、おっしゃることに、まさしくその通りと思ったのは、
斉藤さんが、バングラディシュに赴任されていたとき、日本から、
お金はほとんど送られてこなかった。だから、いやでも、現地で、
人的コネをつくりなんとか、やっていかないといけなかった、と。

でも、これが、よかった。

ACCOUNTABILITY(いわゆる説明責任)なんてことばもなかった
ころなので、今なら大変でしょう。だって、お金たくさんもらえば
もらうほど、レポート書かないといけなくなるし、そうなると、
現地にいるのに、日本のほうばかり見て仕事しないといけなくなる。

その通り。

楽や、便利や、お金ないほうが、ほんとうは、充実してるのかもね。

注「外人」が気に入らない方は、ややこしく、「非自国民」とか何とか
適当にやって下さい。わたしは、こだわりませんので、そんな
小さなところには・・

| | コメント (0) | トラックバック (3)

「蟻」ありの作り方

誰が決めたんだろう?おこったらだめとか、
他人を批判したらだめとか。

それって、きゅうくつでしょ。

言いたいこと言えばいいじゃん。
他人を気にしすぎて、自分が犠牲になっている人が多すぎます。
そんなこと言ったら、相手が傷つくとか・・・・・
それで?それで???それで??????

どうでもいいじゃん。
傷つくのも人生のひとこまだし、なぜ、必ず傷つくと、
決まっているんですか?

言いたいことがない人のいいわけでしょ。
ちょっとの勇気もない人のいいわけでしょ。
少しの、優しさも持ち合わせていない人のいいわけでしょ。

言いたいことが、まともにあれば言いますよ。
だって、言わなきゃ、伝わらない。

じゃ、相手が傷つくからと、何も言わない、言えないひとは、
代わりに、その相手のめんどうを、一生みる気ですか?

違うでしょ。さしさわりのないこと言って、ごまかしてるだけじゃない。

そうゆう時も、もちろんある。
でも、使い分けができるほどの達人でないなら、
いつも本音でいきましょう。

「相手」のこと考えてるふりから、本当に相手のこと考えてるなら、
なおさら、ぶつかっていくべきですよ。

「傷つけるのはよくない」なんて、しらじらしい。自分が、
「傷つきたくない」だけジャン。だって、人と関わるとね、
いやなことが絶対でてくるもんね。わかってもらえないとか?
受け入れてもらえないとか?

あたりまえでしょ。
受け入れてもらおうなんて甘いんだよね。
みんなばかばっかりなんだから、受け皿なんか持ち合わせてないのよ。
そんなばかに受け入れてもらわなくていいのよ。

だって、言いたいこと言い切った、あなたは、
受け入れられようと、受け入れられなかろうと、
正真正銘の、人生の、主役のあなた、なのですよ。

本当にだめなのは、うじうじ、他人のせいにして、
相手をきずかうふりをして、傍観者でいることこそなのです。

わたしは、そう思います。

「言え!言え!、やれ!やれ!もっと、もっとやれー!!」

私たちが、どれほどがんばっても、
残念ながら、所詮、ありの一匹も作り出せないのですから・・・

| | コメント (0) | トラックバック (0)

おしくらまんじゅう

先日、さるコンビニで、あまりにも、レジの男女の会話が、うるさい&長い&下品なので、

  「君ら、ここは、君たちの職場でしょ。話をしてもいいけど、限度があるんじゃない?もう、いいかげんにして、仕事したら?」

と、よせばいいのに注意しました。すると、

「悪口は、よくありません。」と、逆に注意されました。

もしもし、「悪口じゃないでしょ。注意してるのでしょ。」

「聞きたくありません」

  「エッツ!」

ごめんなさい、わたしには、意味不明です。それで、

  「なに言ってるのかわからん?」というと、

「ため口はきかないで下さい」 だと、

結果、こんなあほを、相手にした私が悪いのでしょうけど、あまりにも、今のYOUNG もしくは、一部のYOUNGはおそまつでは、ありませんか?

20代の人に、この話をしましたら、「彼らは、いわゆるゆとり教育の中で育っているので、ぬるぬるです。先輩を敬うとか、自分が全体の中で、どの位置にいるのか全くわかっていない。自分たち(20代)でも、彼らが、理解できません。運動部にでも、所属していると、違いますよ。」

この話、30代の人に話しました、「徴兵でもしないと無理!!」

戦争は絶対反対です。

でも、みんなが、今の教育はダメだといいながら、なぜ何も変わらない。変えようとしない。

ダメ、ダメ、を言ってても、何も変わらないよ。

昔の子供は、よくなぐられた、と

暴力の話ではなく、愛情の話です。

ぼくも、長男だから、よく、なぐられはしませんが、たたかれました。

でも、親をうらむようなことはありませんでした。

だって、たたかれるのには、理由があったからです。

いま仮に、ひとの子をたたいたとしましょう。

警察沙汰でしょうか?暴行・傷害罪でしょうか?

少なくとも、だれも良くやったという人はいないでしょう。

「どうして?」

だって、たたかなくても、ほかに方法があるからと、うそぶきましょうか?

違うでしょう?

たたくことで、たとえ自分が罪に問われようと、その子のために、ぶつかっていけないだけではないのですか?体を張ってでも、何とかしてあげるという気持ちがないだけでは・・・

体を張ってでも、守ってあげると、相手にも伝わるものがあるはずです。それをしないで、あきらめているだけというのでは、社会に参加していないのと同じです。いつまで、傍観者でいるのですか?もっと、ずるずるになりながら、べたべた、くねくね、ほこほこ、泣いたり笑ったり、いいあんばいに生きましょうよ。

いつになったら、本気でぶつかるつもりですか?

現在の社会には、愛情がない。本当の愛欠乏社会なのですよ。

だって、昔なら、こどもを、たたいたぐらいで、とやかく言う人はいなかった。ゴツンとげんこつもらったり、しっぺなんかしょっちゅうで、廊下にたたされたり、運動場3周とか、先生に対しても、ましてや、注意してくれた、他のおとなの人に、感謝こそすれ、誰もかみつくようなことはしなかった。今よりはるかに余裕があった。こころの余裕が・・・

でも、今は、だれも、責任をとらない、とろうとしない。そのための、へりくつと、まやかしの愛情と、言い訳ばかりで、そんな中で、自分は、罪に問われようと、「こいつは、たたいてでも、助けてやろうと思える状況にないのです」

おとなが逃げていることのほかにも、みんなが、しらけている要因はあります。

はっきり言えば、たたいてあげてでも、なんとかしてあげようと、思えるYOUNGがいないのです。あほばっかりで。

それに値すれば、ひとは、なんでもしなくちゃ、うそです。

瀕死の重傷患者

今のYOUNG風に言えば、「血だらけで、きたないし、手間かかるし、死んじゃったら、訴えられるのいやだから、ほっとこ・・・」

現実の医者も、ヒトも、そう処置するでしょうか?

反対なんですよ、なんでも。

瀕死だから、急いで助けようとするのです。

ホームレスの人きたないから、石投げるのではないのですよ。かわいそうな境遇にあるのだから、同情するべきです。反対です。だれも、あすは、わが身と思っていないからできるのでしょう、ひどいこと。

いじめられてる子がいたら、いっしょにいじめてやろう、そうしないと、自分がいじめられるかも?ではなく、お前が「やめよう」って言ってやれよ。ちょっとの勇気じゃないの。それができないなら、せめて、自分は、いじめに参加しない。これなら、できるだろう。

だって、いじめに参加した時、自分はこれで、いじめられないから、ほっとするかもしれないけど、いい気分ではなかったはずです。ひとりから、変わるのですよ社会は。

いつからかは、知る由もありませんが、もう何十年も前から、このあべこべ社会が、徐々に蔓延してきているのだと思います。それが、わからないひとは、しらんぷりしてきたひとでしょう。他人とかかわると、いやというほどわかりますよ。その程度が、深まっていることが・・・

そこで、「徴兵」でも、なんでもやって、ともかく、できるだけ早く手を打たないと・・

年長者よ、目覚めてください。瀕死の地球を救うなんて、偉そうなことはともかく、まず、手近のYOUNGを、叱りとばしましょう。自分たちも、そうしてもらったじゃないですか?そこには、愛情あふれるものがありました。違いますか。年長者には「お返し」の人生です。

親が泣きながら、あなたをよくしてやろうと、たたいたことは、ないのですか?いつも、それを虐待と思っていたのですか?あなたも、その親の気迫におののき、泣きじゃくっていたことはないのですか。ないなら、それをこそ、不幸というのです。

いまのひとは、たたきべた、たたかれべた。だから、鼓膜やぶったり、けがさせたり、だって、平気で、ぐーでなぐったりする。ナイフ持ったり、だめだめ。ぐーは絶対だめ。武器もだめよ。憎くて、たたくのではないのです。ぐーは、たたいていません。なぐっているのです。

ましてや、虐待は、陰(イン)です。明るく、お前たちが、明るい未来をGETできるために、いま愛情をもって、叱ってあげるのです。だって、大きくなってしまうと、叱ってくれるひとなんていないのですよ。ちがいますか?

暴力のすすめでは、ありません。「おとなが逃げるな」キャンペーンなのです。おとなが、こどもをからだで受けとめてあげることも必要なときがあるだろう、ということなのです。じゃ、反対にぶつかってあげて、おとなの気迫を教える必要もあるでしょう、ということです。個室にひきこもって、しらけている家族関係は、もうやめ。STOP。

よく、大家族で、(よくテレビの番組にあるでしょ。)もう、無茶苦茶、ハチャメチャになっている、そんな風景の方が、きたなく見えるかもしれないけど、どれだけ暖かいか。

赤ちゃんのめんどう見てる、小学3年生そして、けんかしてる6才と7才のおとこの子、その脇で、うどんこぼしながら食べてる、おんなの子、1番上のおにいちゃんは、24才で、独立してそばに住んでいる。18才の3女は、できちゃったと、お母さんに相談、5女は、家計の為、夜間高校に行くと、けなげな提案を・・・お母さんは、料理に洗濯に獅子奮迅の働き。お父さんは、新聞配達の仕事、中3の男の子の3者面談で、こどもが、先生に挨拶しなかった時、挨拶しろと鉄拳制裁、先生の目の前で・・・

これで、だめですか?

3男は、こつこつためたお金で、両親に旅行のプレゼント。でも、そのあと彼は、新聞配達中にひき逃げされ、しばらくは、右半身麻痺。家族は心配で、みんなが代わる代わるお見舞いに。

これで、だめですか?

夜の家、喧騒は続いている茶の間、お父さんは、大きなクッションに寝そべりながら、その景色に、にこにこしている。お母さんは、洗濯物をたたみ続けている。小さなおとこの子が、お母さんの手をひっぱる。おんなの子が、お父さんのひざを占領すると、おとこの子がとび蹴りをはじめる。

これで、なぜ、だめ、なんですか?

このあいだ、テレビ大阪で見た、17人家族の物語です。

私たちの社会が、瀕死のとき、痛いからといって、手術をこばむのは、お利口とは、いえない。

どんどん、ぶつかってあげて、どんどん受けとめてあげましょう。
しらけたこと言ってるひまに、はだかでぶつかり合いましょうよ。

受けとめるだけでいいと、ごまかすのは、やめましょうよ。

受けとめるだけなんて、できるわけないし、YOUNGも望んでいません。だって、ばかにされている感があるし、YOUNGに真剣に向き合っていないでしょう。気がついた人から「おしくらまんじゅう」始めましょう。

なお、「たたく」が気に入らなかった方は、すべて、「おしくら饅頭ごっこ」に置き換えてお読み下さい。

それでも、「たたく」が気に入らない方は、すべて、「ぶっとばす」に置き換えてお読み下さい。

一語一語の、あげ足取りではなく、全体の意味を汲んでご理解ください。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

悲しみのなみだ

中谷 歩さん、ほんとうに気のどくでした。無念で、無念で、無念だったでしょう。

ご両親のインタビューを見ていて、3つ気がついたことがあります。

ひとつ、自殺体が、見つかる前、ご両親は、あの子は、同級生だから、話を聞くまでは、犯人と思っていない。と
これは、わたしには、少年とその両親への、思いやりに聞こえるのですが・・

ふたつ、生きて償って欲しかった、と。
間違っても、「死ぬなよ」どうせ死んでも、うちの子は、還ってこないんだからな・・・

みっつ、娘のためにも、自分たちが、顔を隠していては、だめだ。と 
立ったままの、遠くを、見るような目で、ひとつぶのなみだもない、最後のインタビューでした。

この景色、わたしには、記憶があります。

神戸の震災のときです。
だれも、泣いてなかった。なけなかった。

1ヶ月ぐらいかかりました、泣けるまでには。

ひとは、本当に、悲しいとき、涙はでないのです。

このご両親に、本物の思いやりと、気丈さと、本当の悲しみを見ました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

CONTINUED

きのうのつづきです。

子猫・殺す この言葉に、人間を知らんぷりできる人まで、過剰に反応していると思います。だって、オリジナルの記事のコメント約1000 ほとんどが、最低人間とさげすみ、作家の女の人がブスだから、こうゆうことやるんだと写真まで、もちだして。
わたしは、こうゆうヒステリックな論調がきらいです。じゃ、仮に美人なら、いいことしかしないのでしょうか?

今は、あたかも、ネコのいのちも人間のいのちも、同列のごとく扱われる風潮になっていますが、それは、いかがなものでしょうか?

だれでも、知っています。ひとりの人間のいのちは、地球より重くないことを。もっと、冷静に判断してください。だって、医学部で、理科系の学部で、どんなにたくさんの、ネコも含む実験用の動物が天寿をまっとうしていることか?

これが、ねこの代わりに、人間だったら、大変でしょう。

こねこ・殺す  の  代わりに  こゴキブリ・退治する  では、雰囲気がかわりませんか?同じいのちですよ。もちろん、ネコでも、なんでも殺して、死んでゆくのには、反対ですよ。でも、やはり、それは、人間ではないわけで。であれば、もう少し、節度をもって、小さな声で、 反対 というのが、ちょうどいいぐらいじゃないのかな?

日本から、100人が100人決まりきった、殺すの反対 を タヒチ島の1人に向かって言わなくても。

大人げないと思いませんか?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

敵か、見方か

リンク:http://ikken.mo-blog.jp/yanakaan/ 初めまして。 トラックバックありがとうございました。

神戸名物殿も、かなり面白い経歴をお持ちのようですね。
桐ヶ丘養護学校が付属していた大学の出身ですか? だとすると先輩か後輩ということになる。ワシゃ76年卒です。

投稿 谷中庵主人 | 2006/04/08 16:05:45

コメントありがとうございました。 残念ながら、東京教育大では、ありません。東急でなく東京の大学で、谷中庵さんとは、ほぼ同年代です。学園紛争のしっぽでした。でも、入学式は、つぶされるは、半年は、授業もありませんでした。今そんなこと言っても、若い人たち、誰もぴんと来ませんもんね。横丁のこわいおじさんですが、店でもチョットこわいおじさんです。きょうは、20人ほど追い返しました。元へ、追い返してしまいました。いや、だめなんですね、どうも理念が先、お金が後で。
だって、万華鏡、こどものおもちゃと決めつけて、こっち向いてくれないものですから。人の話聞けるようになったらまた来てね、って追い返しちゃうんです。大人ばっかり。ひとりのおかあさん、だんなさんに、「私何かわるいことした?」と聞いてましたが、人の話に耳かさないのは、ぼくにとって十分あかんことなんです。だめね、早く大人にならなくちゃ。と思う反面これでいいかと。敵も見方もいないより、敵たくさん、見方すこしはいる。のほうが、多少エキサイティングかと。こっちの方が、まだ似合っているので。
谷中庵さん、ありがとう、これからもよろしく。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

ITより思い出にあい(I)てい(T)

TVゲーム作って売っている人々を、ITとはやし立てるのではなく、人類から、思考を奪い去った犯罪人として、裁き、さげすむべきではないのか?

人類の未来をだめにしたリスト
任天堂・SONYーplay station・Microsoft特にX-Box
その他 あほゲームにえらそうにかかわる人

もちろん、このせいだけではないにしろ、リセットの名の下に、何人殺されなくてもいい命が奪われたのだろう。それに加えて、どれほどの、あほを排出してきたのだろうか?もう、うんざりだ。だが、状況は、確実に悪い方に向かっている。

プラモデル・び-だま・あやとり・おはじき・おにごっこ・べったん・ミニ四駆 ・野球ゲーム盤・鉄腕アトム・リボンの騎士・でん、して動いたらあかんやつ・おばけのQたろう・トランプ特にセブンブリッジと神経衰弱・鉄人28号・エイトマン

チューブからベトベトのを小さい赤や青色ストローにまいてふくらますやつ・小さな相撲取り紙人形を盤をたたいてこかすやつ・ろっこつの下あたりを後ろから両腕でしめつけての失神ゲーム・紙に指示を書いて遊ぶ宝探し・スーパーボール

少年ジェットはきょうはどこを行くんだろう・ワンダースリーもいずこへ・今もあるらしいプラレール・もちろん、りかちゃんにだっこちゃんにフラフープ・一本足でばねが入っていてピョンピョン跳ぶやつ、ぼくはへたなのであまりやらなかったけど

糸車にギザギザつけて、(糸車をまず知らないだろうな) ロウと輪ゴムとわりばしでうごくやつ・わりばしでつくるゴムでっぽう・樟脳やろうそくでうごくポンポン船、あといろいろ思い出の中 みんな、どこいっちゃったんでしょうね。楽しいですよ、だって、手づくりですよ。作るときから、遊び、楽しい。

み~んなアナログってゆうやつ

だから、手とあたまとからだを使った。お金は、多分、今と比べれば、安かった。つまり、こどもでも自分で買えた。おもしろかった。さわってるうちに、遊んでいるうちに、壊れた。リセットなんかなかった。できなかった。だから、大切にした。

「もったいない」は、社会で教えられたし、当時は、みんな貧乏だから身についていた。

みんなで遊べた。みんなでほたえた。みんなで、笑った。みんなで、怒られた。

こわい父親がいた。けなげな母がいた。孫おもいのおもしろいおじいさんがいた。いいかげんな、よい塩梅(あんばい)の、おばあさんがいた。いつも、プリプリしてるおばさんが同居していた。自分の部屋なんかなかった。8人の大家族だった。それが、家族というものだった。良くも悪くも・・・

もう、きっと伝統遊び保存会とかなんとかあって、年寄りばっかり集まって、ごそごそしてるのかしらん。でも、こどもがいないと、たのしさ、半減。だって、次の世代に伝わっていかない。

時計がデジタルになって、音楽もCDのデジタルになって、そのころから、デジタルでないと遅れてるぐらいなのよね。でも、やっぱ、なんでもデジタルがいいとゆうことには、ならないわ。

音だって、アナログってゆうか、レコードや針がもうとっくに、見直されてるじゃない。どーして、子供の遊びは、TVゲームや、ゲーセンゲームに特化されてきて、どーして、回帰していかないのかな?

ゲームが社会に対してマイナス要因をはらんでいることは、みんなが知っているのに・・・きょうも、阪大の学生が、金づちで母親殺し いつまでフラフラしてるのと咎められ(とがめられ)・・・・・

学校や、いわゆるPTAはどーなってるの?

ごめん、彼らは、脳みそないからだめなので、だって、悪くしていった張本人だからだめ。

じゃ、やっぱ、ぼくから言い出します。

気のついた人から、声をだせばいい。自分が、変われば、隣人ぐらい変わるだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (2)

世界は無理なので、自分を変える

他人の家に上がるなら、少なくとも靴を脱いで上がるくらいの常識と礼儀は持ち合わせて来て欲しい。
申し訳ないが、うちは土足厳禁なもんでね!


自分で靴が脱げない甘ったれのお子様は、私の所ではなく靴を脱がなくても上がれる所に行けばいい。
もしくは、いつまでもママのオッパイにしがみついて、おとなしくして自宅にいればいい。

リンク: 特殊清掃「戦う男たち」:2006年7月2日.

    

ブログをわたしの家と表現されていますが、同感です。わたしの店(万華鏡ミュージアム)でも、下品だったり、無礼な振る舞いは、許しません。即刻、退出してもらいます。

おとなだろうが、こどもだろうが、思ったことを言いあえばいいのです。

これこそが教育です。社会(学校や家庭以外で)が、相互に教育をするということです。ともに育つ、共育です。この視点が、戦後つまり第2次世界大戦後、崩壊し、町内のこわいおじさんがいなくなり。結果、エゴおとな、エゴこどもを大量に排出してきたのです。

こころざしの代わりのものさしが、お金でした。これは、教育におけるテスト重視主義と同じでしょ。つまり、プロセスがどうでもよくなり、だれにでもわかる、試験の点数と、お金の量がものさしになったのです。

残念なことは、物事を解決する力や、お金にも通じる道徳や、弱いものに対する思いやりのこころは、計れないという貧しい発想の下、木っ端微塵に吹き飛ばされてしまったのです。

計れないから、要らないのでなく、計れないからこそ大切なのです。愛や生命は、常に思いやりのこころとからみあっているのですよ。

比叡山の酒井雄哉大阿闍梨(千日回峰行を戦後初2度成し遂げられた)に10年前にお会いした時、「今の日本の教育がおかしい。」「50年、間違ってきた。ただ、これを正すのには、3倍の時間がかかる」と。

より多くの人間が、覚醒し、良き発言を増やすことで、少しでも、短縮していこう。良き発言とは、相手のことを考えて、あえてもの申すという程度のことである。世界一のヒーローを目指すものではない。

もの申すことができれば、少しだけ変わる。

| | コメント (1) | トラックバック (1)

おまえの脳みそエイズ

きのうの、昼12時ごろだったろう。

オムロンに勤める女子が福岡からやって来た。

「坂本龍馬の足跡(そくせき)をたどる旅です。」

「すごい、骨あるやん」と思った。でも、その割には、アクセサリィ ごちゃごちゃしてると思った。まあ、人は見かけじゃないってゆうし。

「諏訪山公園って、どこですか?」

「この近くですよ。」「でも、ほかは、どこへ行くんですか?」

「きょう帰るんで、もういけないと思ってたので、ネットで調べた紙、ホテルで全部捨てて来ました。」

今思えば、ここで気がつくべきでした。ともかく、「じゃ、インターネットでまた調べたらどうです。」そして、お店でわざわざ、もう一度、わざわざ7枚ほどプリントアウトしました。だって、坂本龍馬ですもん。

ところで、「なぜ、坂本龍馬? 別に、いいけど」と、わたし

「わたし、28歳なんで、今、分岐点なんですよ。それで、エイズの人々のために、海外でボランティアしようと思って・・・」

いつも、岐路に立っているわたしからは、27と28と29でどう違うのかとは、思ってみた。齢(よわい)30ってならまだわかるけど。

「すごいじゃん。でも、オムロンみたいな大きな会社辞めるのちょっともったいないですか?」

「いえ、やめません。」

「はぁ?、じゃ、短期ですかね?」

「いえ、3年間です。会社が認めてくれるんです。」

ドッツヒャアーすごいですね。ええこっちゃ。でも、びっくりしました。3年も会社がサポートしてくれることに。

ますます、骨あるじゃん、と思ったわたしは、それから、ほぼ6時間しゃべりまくりました。

わたしには、海外ボランティアの経験があります。表(おもて)の話も、裏の話も、ななめの話も。また人生論も、師匠星野、道寛、中沢さん、黒田清さん、・・・・

「ところで、英語できるよね」

「いえ、ぜんぜん」

ここがラストチャンスだったかも。残念。

途中、障害者施設で働く、松本くんも、加わり、小講演会。お茶は出すは、コーヒーはいれてあげるは・・・ぼくもう、フル回転。

松本君も、店の二胡少し弾いてくれました。もりあがりましたねぇ。そして、運命の時、

あれは、夕方6時ごろです。タイには、エイズの人のめんどうみてる有名なお寺があるよ。等々の話。す~る~と~、

「じゃ、どこに泊まるんですか?」と彼女

「多分、近所の人の家か、お寺の中の施設でしょうねぇ」と、わたし

「えっ、じゃ無理です。ホテルじゃないんですか?」

すみません、なんとなく・・・ぼくの6時間返してもらえないでしょうか?追い返しちゃったお客さん20人以上いたんですけど・・・でも、坂本龍馬、エイズ、海外ボランティアっていうから・・・ぼくは、善良すぎたのでしょうか?どうして、こんな馬鹿しかこないんですか?どうして自分がああああああ・・・うんざり

「骨がない」のに「骨がおれた」はなしでした。

わたしの、矢もつばさもまだ修復可能のように思います。

参考:龍馬ゆかりの地http://www.sky.sannet.ne.jp/moesaki/yukari/kobe/kobe.html

http://www.sky.sannet.ne.jp/moesaki/index.html

あすは、サルガンセキの話 載せます。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

つけ爪より大切?

せんこうは、大きらい

1。 おとなにもこどもにも、あやまれない

2。 おとなとしゃべっていても、くせがぬけない。子供にしゃべるようにしかしゃべれない。しかも表現は、ねこなで声だが内容は、絶対的。

決して人の話は聞かない、聞くふりしかできない。

3. 自分の手を汚さない。

結果、変な子供、変な社会が、現出する。

きのうも、就職活動中の人が、彷徨(さまよ)って来た。あれ取って下さい。あれ見せてください。散々見たおしてから後30分。ぐちを聞いていると、すべてとても、たかぴー。「てめぇーが。世間知らずのくせに、高飛車なんだよ」と言いたかったが、まあ、いつものことなので・・そこは、こちらが、おとなということで、・・

「あの~面接もっと、うまくやれると思いますよ。逆の立場に立てれば・・」

「わたし忙しいんで、でも少し興味あるんで、じゃあ、5分でしゃべってください。 あさって、先輩の結婚式で、今から、つけ爪買いにいかなくちゃならないので・・」

人生を左右する、就職が決まるかどうかの面接テクニックを、5分間で、しゃべる技術を持ちあわせていない。もちろん、5分では、残念ながら、「目からうろこ」というわけには、ならないでしょう。

よって、わたしは、いじわるなので、たった5分でも、わたしの誠実な努力が全くの水泡に帰するのであれば・・ 「ごめんなさい、自分で、どこかで、頭打ってわかっていただくしかない」と思いました。

ところで、「兄弟いるの?」 「弟がいます」

「親は、どんなアドバイスしてくれてるの?親御さんは、どんな仕事?」

「公務員です。」

「ふたりとも?」

「はい」

「まさか、学校の先生じゃないでしょうね?」

「どうして、わかったんですか。」

ごめんね、でも、あなたを見ればわかります。             

| | コメント (0) | トラックバック (0)